Gopi宝箱 20180625-0701 スピリチュアル・ドリル(meditation, yaad, yoga)

 

625日(月)

[スピリチュアルなドリルとは“思い出す”という行為です]

スピリチュアルなドリルは知力の運動です。永遠の真実に対して知力が働いていきます

 “ヤード 思い出す)とは知力が回転、スピンする行為です。深く考えて(熟考して)いくことです。元来の永遠の自己のところまで、深く考えていきます。

 

“私は誰か、どこからやってきたのか、3つの世界とは何なのか?”、知力が旅をします。“私は元々何だったのか、今どうなったのか? 知力が上に行き、サイクルを回って自分の姿を全部思い出します。このようなドリルは、マインドに良い気持ちを与えます。自分の元来の状態を思い出すと、マインドはマンマナバブになれます

 

学習しなければ、知力は旅をすることはできません。

 

626日(火)

[ヨガは知力を唯一の存在に集中させるという行為です]

リメンバランスは知力が旅をしますが、ヨガでは知力は旅をしません。リメンバランスでは、旅をした時も最終的に動きが止まり、静かになります。“私は誰なのか、誰のものなのか?”・・・・

 

ヒンディーでは、知力が集中すると言っています。(エカーグラチット)チットが完全に唯一の存在に没頭している状態です。リメンバランスを通して記憶を目覚めさせます記憶が目覚めると、知力は唯一の存在に没頭できるようになります。(loveleen

 

627日(水)

 [ヤードがなければ、ヨガをもてません]

十分に学習していないと、適切なヨガをもてません。まだ十分に思い出していない、深い眠りから目覚めていないからです。ですから、知力を目覚めさせるように、毎日ババが洗脳する必要があるのです。“自分は誰なのか?”ということを思い出します

 

[ヨガとはエッセンス、集中が炎を作り出します]

リメンバランスを通して、ババとは何なのかという甘さを体験します。けれども、ヨガとはエッセンス、集中が炎を作り出します。レンズを通して太陽の光が集中して、火が燃え始めます。それがヨガです。炎が出るまで、唯一の存在に没頭していきます記憶のあらゆるエネルギー、元来の状態のパワー、それが集中していき、マヤを終わらせます。古い物を燃やしていきます。過去のものをクリーンにします。

 

歩きながら動き回りながらリメンバランスの状態でいる必要があります。つまり、自己認識を持った状態でい続けるのです。そうするとヨガに座った時、集中があります。

 

628日(木)

 [知力の集中]

リメンバランスに注意を払わないと、知力が自己認識を回していくかわりに、外側の様々なことに囚われていきます。するとヨガに座った時、知力が囚われたそのものを思い出すことになります。それに引っ張られます。それはコントロールの力の欠如です。

 

[知力がさまよう理由]

集中してヨガから得るスイートさを体験していないと、外からスイートさを取ろうとして、知力があちこちさまようことになります。誰かの美徳の甘さの感銘を受けたり、自分の活動から甘さを取ろうとしたり。

 

本当のスイートさは、知識をチャーニングした時に出てきます。真実は本当にスイートです。そのスイートさを体験すると、遊離することは難しくありません。マインドが甘さを味わったからです。すると、それ以外の味わいはいらなくなります。

 

もし、罪が燃やされてなければ、“同じ振る舞いをする”というサイクルを繰り返すことになります。それは自分自身の性質やサンスカーという牢獄に囚われたままの状態です。

 

629日(金)

 [瞑想とは、何かに注意を払うことマインドはその形を取ります]

瞑想するとは、何かに注意を払うことです。注意を払えば、その間にエネルギーが流れます。何に対して注意を払っていたとしても、マインドは注意を払っているそのものの形を取ります。平和について考えると、マインドは究極的には平和の形になっていきます。

 

[内と外からの影響]

瞑想は、基礎的なステージです。ヨガを持つ前に、知力が十分に長い時間注意を払い続けるためのトレーニングをする必要があります。ブラーミンは一日中ギアンを思い出す注意が必要です。それとつながると、魂のパワーとババのパワーを感じるようになります。

 

そうでなければ影響された体験をします。影響は自分自身をはっきりとみることができなくさせます。外からくる影響だけではなく、例えば過去の信条のように自分自身の古いプログラムからの影響もあります。とても微妙なので、それを見るには時間をとって孤高に座り自分の知力に何が影響しているのか見る必要があります。

 

プログラムを作り、手に仕事をさせ、内側はフリーにしておきます。そして何が起きているかを観察します自分の知力はどこにあるでしょうか。それはとても大事なことです。

 

630日(土)

 [限界の中にいて、限りのない状態にい続ける]

スピリチュアルなドリル:知力で旅をして下さい。“私は誰なのか、私は誰のものなのか?私はどこから来たのか、私はかつて何だったのか?”・・・そうすると、とてもエンジョイするでしょう。でも、限られた状態にいると、解放の人生を体験しません。ですからババは、「忘れると1秒で解放の人生から離れてしまう」と言います。忘れると限界の中へ入っていくからです。これがゲームの全貌です。限界の中にいながら、限りのない状態に居続けることです

 

[瞑想とリメンバランスの違い]

A.瞑想とは注意を払うことです。注意を払うとは、ただ見ることです。知力の目は何かに留まっています。リメンバランスでは、知力はその中に深く入っていく、旅をして行きます。見て、回転して、集中する(ヨガ)。注意を払うとは、顔を自分の方に向けて行くということです。そうして始めてリメンバランスを持ち、維持することができます

 

日中は、仕事に注意がそれます。それを思い出し、そこに没頭していきます。ですから一日のうちで何度も、ストップして、注意を自分自身の方に向けて、思い出します。そして、没頭し、集中して行きます。

 

スイートさを味わい、その甘さを体験してから、仕事を始めます。止まって、注意を向けて、思い出します。没頭して集中していきます。

 

7月1日(日)

 [熟考する方法]

Q.回転(スピン)する、熟考するとは、実際に何をしているのですか?

A.一つの方法は毎日のムーリーの中で12行をとり、知力でそれについて深く考えていきます。

二つ目は、心のタイムテーブルを作ります。たとえば今日2つの形のセルフリスペクトを味わいます。知力をそこにいかせます。

 

リメンバランスの熟考は、マインドにプログラムを与えることです。体に対して時間割を作るように、心に対しての時間割も作る必要があります。するとギアンは実にバラエティに富んだものになります。

 

[知力を眠らせないために、日中何度も目覚めさせる]

アムリットベラでサイレンスに座っていると、魂が語り始めます。別の次元の、何らかの真実が表れてきます。ムーリーを聞くとそれが強化されます。それをとらえて一日考えていきます。

 

さもないと、ムーリーを1秒認識して、また寝てしまいます。日中は知力が寝てしまいます。何度もストップする、この規律をしっかりさせましょう。すると限りのない自覚のレベルを維持できます。さもないと、限られたものの中にいることになります。するともう一度限りのない状態に注意を向けていくのは大変な努力が必要になっていきます。

 

[ヨガは深い変革、解放をもたらし、一瞬で自由を体験します]

 “光の点をビジュアライズし、その中に入っていった!そして短い時間良い気持ちになった!”そのような単なるイマジネーションだけでは、自分の中で何も変化しません。自分の深いところの存在がフリーになっていません。フィーリングを喜ばせるだけです。深い変革というのは解放です。すると一瞬にして、自由を体験します。

 

[付録]

Q.自分の人生の状態・あり方は、自分の考えが作り出しているものなのか?

A.答えは「はいその通り」です。エネルギーがエネルギーを惹きつけます。自分が何を考えているかに十分注意を払う必要があります。私たちの多くが、古い性質によって古い方法で考えさせられているからです。そうすると私たちの中の古いことが何度も何度も繰り返してやってくることになります。そして、同じ状況に入ってしまい、同じような環境にいることになります。

 

[“これこそが私だ”という深い確信を持てば、ヨガは1秒で起こります]

Q.そこから出ていくためには、ヨガの炎で燃やすことが最善の手段なのか。

A.まず、“思い出すこと”を学ぶ必要があります。あなたの知力は自分が永遠の魂だということを、まだ確信していません。リメンバランスが確信を作り出します。“これこそが私だ”という深い確信ですそれがあればヨガは1秒で起こりますリメンバランスが弱く、明確な学習をしていない、学んだことを実際に適用していない、ババの指示に従っていない状態では、正しいヨガはできません。

 

[真実とは何か、知力が深く確信する必要があります]

ギアンに戻って「自分は何に従っているのか、何に従っていないのか?」をはっきりさせる必要があります。「家族と一緒に暮らしなさい、家庭にいて蓮の花のように遊離していなさい」というのがババの指示です。家族との関係を破壊したのは、父の指示ではありません。それではヨガはもてません。直面し寛容する必要があります。その状況の中で「自分は誰なのか」を思い出す必要があります。そこにパワーがあります。すると、ヨガに炎が出てきます。「真実とは何なのか」について、知力は深く確信していく必要があります

 

[真実につながって認識すればエネルギーがオープンします]

 “私とは誰なのか”。「私は魂なのだ」と深く認識すると、他の魂を拒絶することは、決してできなくなります。

(家族からは「一緒に暮らせない」と言われています。)

状況を見ないように。まず自分自身が何を認識するべきなのかを認識することです。ドラマは認識に基づいて働いていきます真実につながって認識すればエネルギーがオープンします。良い願いとか許しを求めることができるようになります。愛が流れます。そのエネルギーがドラマの中に何かをもたらし始めます

 

[習得のためのQ&A]

Q: 瞑想、リメンバランス(yaad)、ヨガの違いは何ですか?

[見て、回転して、集中する(ヨガ)]

*瞑想とは、何かに注意を払うことです。注意を払うとは、顔を自分の方に向けて行くということです。そうして始めてリメンバランスを持ち、維持することができます。*ヤード 思い出す)とは知力が回転する行為です。深く考えて(熟考して)いくことです。元来の永遠の自己のところまで、深く考えていきます。

歩きながら動き回りながらリメンバランスの状態でいる必要があります。つまり、自己認識を持った状態でい続けるのですそうするとヨガに座った時、集中があります。ヨガとはエッセンス、集中が炎を作り出します。レンズを通して太陽の光が集中して、火が燃え始めます。それがヨガです。炎が出るまで、唯一の存在に没頭していきます。記憶のあらゆるエネルギー、元来の状態のパワー、それが集中していき、マヤを終わらせます古い物を燃やしていきます。過去のものをクリーンにします。

ヨガは深い変革、解放をもたらし、一瞬で自由を体験します。

 

Q: ヨガが簡単にできるようになるには、どうすればいいですか?

*まず、“思い出すこと”を学ぶ必要があります。あなたの知力は自分が永遠の魂だということを、まだ確信していません。そういう状態で、一体どんなヨガをもつというのですか。リメンバランスが確信を作り出します。”これこそが私だ”という深い確信です。するとヨガは1秒で起こります

*ヨガを持つ前に、知力のトレーニングが必要です。十分に長い時間注意を払い続けるトレーニングです。新しい人に対してはクオリティを、ブラーミンに対してはギアンです。今日、自分は何に対して思い出し、実験していくのか。それとつながると、魂のパワーとババのパワーを感じるようになります。

 

Q: 朝は崇高な気持ちや陶酔感がありますが、日中だんだんとそれを忘れ、夕方気がつくとムーリーのポイントも忘れています。どうしたらよいでしょうか?

*日中、何に注意がそれていきますか?(ロキックの仕事です)注意がそちらの方に行き、それを思い出し、そこに没頭していきます。ですから一日のうちで何度も、ストップして、注意を自分自身の方に向けて、思い出します。そして、没頭し、集中して行きます。そのサイクルを終わらせるのです。

 

Q: 鉄の時代だといっても、世の中には美徳に満ちた素晴らしい人々がたくさんいます。

素敵な出来事もたくさんあります。奉仕も楽しいです。ババを思い出すよりも、気が付いたらついそのようなことを考えてしまいます。何がおきているのでしょうか?

*知力が集中してヨガから得るスイートさを体験していないと、外からスイートさを取ろうとして、知力があちこちさまようことになります。誰かの美徳の甘さから感銘を受けたり、自分の活動から甘さを取ろうとしたり。本当のスイートさというのは、知識をチャーニングした時に出てきます。そのようなスイートさを体験すると、遊離することは難しくありません。マインドが甘さを味わったからです。すると、それ以外の味わいはいらなくなります。

 

Q: マンマナバブになろうとするのですが、なんだか表面的に感じられます。どのような練習をしたらよいですか?

*知力が上に行き、サイクルを回って、自分の姿を全部思い出します。このようなドリルは、マインドに良い気持ちを与えます。自分の元来の状態を思い出すと、マインドはマンマナバブになれます

 

Q:いまだに同じ様な考えがでてくる、同じ振る舞いを繰り返してしまうのはなぜですか?それを変えたいと思っても長続きしません。何がおきているのでしょうか?

*もし、罪が燃やされてなければ、“同じ振る舞いをする”というサイクルを繰り返すことになります。それは自分自身の性質やサンスカーという牢獄に囚われたままの状態です。

 

Q:人間関係がうまくいかない状態があります。状況は厳しいです。八方ふさがりのように感じられます。どうしたらよいでしょうか?

*状況を見ないように。まず自分自身が何を認識するべきなのかを認識することです。ドラマは認識に基づいて働いていきます真実につながって認識すればエネルギーがオープンします。良い願いとか許しを求めることができるようになります。愛が流れます。そのエネルギーがドラマの中に何かをもたらし始めます。自分が何をしているか認識したくなかったら、すべてが“状況のせい”になっていきます。「このようなことが起きたから私はこれできない、これがあったから・・・」そうではなくて、“あなたは誰なのか”というところから始めなくてはいけません。“私は、誰なのでしょうか。”深い認識が必要です。すると周りのことは自動的に変わってきます。ブラーミンたちは、一瞬にして物事を変えていく力を、実はもっています。一たび内側に認識が起これば、外のことを変えていく力があるのです。