パーフェクトになる その2

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今この時、私はエントロピーの力について観察しました。エントロピーが増加し、混乱度が増していくということです。堕落の方向、質が落ちていく、破壊されていく・・・それらのスピードが速くなっています。一方では、ババがもっとサトルになってきていますね。もうババは肉体には来ません。でも、それは彼が仕事をしていないということではありません。

 

一瞬一瞬、魂には選択があります。私はエントロピーにサレンダーする(あけ渡す)のですか?それともババの方向に自分を連れて行くのでしょうか?その選択があります。

 

もしエントロピーにサレンダーしたら、どうなりますか?振る舞いはどうなりますか?(混乱、パニック、恐れ、ごちゃごちゃ、希望がない)ババから得たものを失ってしまいます。がっかりし、妥協する「どうせいつもこうなんだ。体は古い、そんなに速く動けないし、OK、これでいいや。」これがエントロピーにサレンダーした状態です。簡単に諦めます。落ち込むと終わりになります。

 

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エントロピーの方に滑っていく最初のサインは、物質、体の快適さの為に何かをするということです。これは物質の激変に耐えられないからです。物質の堕落、変質に耐えられないからです。そうすると、突然、原則の中に妥協が入ってきます。「ちょっと眠いから5時に起きよう。4時はちょっと早過ぎる。私の健康の為にはよくない。今、センターとても遠いから、行くのを減らそう。週5回・・週3回・・体の面倒見なきゃいけないから・・・。」だんだんそうなりまます。エントロピーの方向に従って決定していくと、体も魂も両方失います。この体は死ぬことになっている、タモプラダーンの体です。体を護ろうという姿勢はとれないんです。今、体の為に合流時代に住んでいる訳ではありません。サイクル中の大きな収入を得る為に、合流時代に生きています。

 

では今この時、この体とどう関わるべきでしょうか?先ず第一に、魂の必要性を満たすことです。ババがその魂の必要性を満たします。

 

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早く起きるために生活をオーガナイズすることができます。或いは、朝早く起きるのを止めることもできます。それでもハッピーじゃないです。そういうことをすると、身体はもっともっと自分を引っ張ります。エントロピーの性質というのはそういうものだからです。

 

私たちは合流時代の中のとてもとてもパワフルな合流の時にいます。と言うのは、この両極端の力が極まっている時だからです。あなたはこの物差しの中のどこにいるんでしょう?エントロピーに引っ張られていますか?それとも、自分の幸福をババと共に創り出していますか?今この時、自分の心をどのように面倒見ているかが本当に問題なのです。

 

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スポーツの中で成功する為には、体の基礎とかスキルが必要になってきますが、トップになる者はそれを超えています。彼らにとって、心の中で勝利は定まっているんです。トップになる人は、心で敗北を体験しないんです。ギリシャにフォルテスというブラザーがいます。彼はギリシャのかつてのテニスチャンピオンでした。 “ギリシャのアンドレアガシー”です。最近ババの子どもになりました。とても喜びに溢れています。自分よりも若く痩せてて背の高い対戦相手がいました。休憩の時彼は「ババ、私を助けて」と言いました。数分間沈黙になりました。ババのところに行って、それからテニスを再開して、相手を負かしました。自分でもどのように負かしたのか分からない。「シスター、いつも私はこうなんです。」太ってても問題ありません。弱さや欠点があっても大丈夫。最終ゲームはここにあります。この体とかスキルとかじゃないんです。心を養っていく、「決して負けることなどあり得ない」という心を培っていくことです。過去に引っ張られることなどあり得ない。それがきたら即座にストップして前に進む、ということを繰り返していきます。

 

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これからアップグレードしてくださいね、皆さん、とても良いスピリチュアルなアスリートになって下さい。でも良いだけじゃダメ。ベストになって下さい。良いだけじゃない。その為にブラーミンになったわけじゃないでしょ!?最終的にはパーフェクトになるんですよ。それより劣るものは何もダメです。その為には、内側で決意することです。何が起きたとしても、決して後ろに下がらない。前に進むだけ。素晴らしいことに前進しようという勇気があれば、ドラマとババが全てを与えてくれます。

 

もし妥協したら、全てを失います。今年、私がミュンヘンに行った時、ファミリーの為にリトリートをしていました。日曜日にリトリートが終わって、月曜日にクラスをして、もう一つみんなの為に夕方のクラスをしました。そのクラスは夕方の7時半に始まりました。私が720分に来た時、あるブラザーがドアのところに走ってきてハァハァ言ってクラスに座りました。「やったー!」

 

彼は自分のストーリーを最後に話してくれました。「私は夕方のクラスがあると聞いた時、ミュンヘンの別のところにいました。始まるのは5時半だと思っていた。私はセンターへ行くのに最低1時間かかり、仕事が終わるのは早くても615分でした。行こうか、行くのを止めようか考えていました。少しお腹が空いたので家に帰って早く寝た方がいいやと思いました。もういずれにしてもあのシスターとリトリートやったことし・・・でも私はバスの中で、「いやいや行かなくちゃ」と思いました。何も食べないでセンターに来ました。そしたら、まだクラスは始まっていませんでした。そして私がクラスで聴いたことは全部、今私が必要としていることでした。もしもセンターに行っていなかったら、家で食べながら私の知力はセンターにあったでしょう。もし完全にハッピーじゃない状態で食べたら、健康に良くありません。そうでしょ!?そして私は言いました。「あなたはスピリチュアルな食べ物と体の食べ物の両方を得ましたね。」これは小さな達成のようなものです。私たちはエントロピーよりもっと先を行っています。ですから、エントロピーがあなたを掴まないんです。いつも2歩先を走っています。その為には、今言ったように自分の面倒をみることが必要です。

 

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<質問>「体がこうだから止めておこう」と妥協しないとのことですが、「妥協すること」と「過信して無理すること」をどう見極めますか?過信し無理した場合、長期的に見て続かなくなる時がある。妥協で止めているのと、本当に必要性があって止めておくのと、どう見分ければ良いか?

 

<答え>

これは、ブラーミンにとってとても難しいことです。最初ババのところにやって来た時、体はもっと若く、若さで自分を指揮するサンスカーを創りました。それによってスピリチュアルな力を蓄積したんです。純粋なカルマを行い、規律を守り、定期的に学習をしてスピリチュアルな能力が発達してきますが、体の能力は段々減っていきます。段々、このような状態になってくるんです。(交差してくる)でも、あなたは何もできないということではありません。自分のスピリチュアルな能力と体の能力を自分で明確に捉える必要があります。スピリチュアルな能力が増えていけば、体は考えに従って動くようになります。能力が成長していくと、一つの純粋な考えが体を機能させ、エネルギーを与えます。若くはない状態でもババのエネルギーと知識、それが体を生かしていきます。作戦を変えることです

 

私は基礎を妥協しません。アムリットベラとムーリーをきちんとやり続けていて、体の状況がどうであってもババを優先すれば、ババはあなたの体に責任を持ちます。受託者として体の面倒はみます。体に何かが起きてそれが私のコントロールを越えていたら、後はババが面倒みてくださいという態度です。

 

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それ以前もそうです。201310月末に私が病院に入院した時、みんなは「キャンセルしなさい、健康の方が大事よ」と言いました。しかし、私は手放しました。毎日ヘルプを取って、体にとって最善のことをしました。まるでババが「これからあなたは何をしますか?」と私に挑戦しているかのようでした。「いいです。連れて行ってください」ババが微笑んだのを感じました。次の週、シスタージュディがUKに来て一緒にオマーンに行き私の面倒を見てくれました。いいプログラムが始まりました。とても深い識別がありました。体の方が大事だと思い、自分の幸運をダメにすることはできないんです。しかし、「私はできる!」とも考えません。それはエゴです。それは体のキャパシティが大きい時、できる!というのと同じことです。そうではなく「自分は何をする必要があるのか?どういうステップを取る必要があるのか?」ババとのその関係が何をやっていけばいいのかを教えてくれます。それは盲信で進んでいくということではないんです。自分の力とババの力、その二つの力で進んで行きます

 

ダディジャンキが何故今日まで生きているのか、その理由は、ダディの何年にも亘るコンスタントな規律によります。その強さがある為に、未だにババから力を取ることができているんです。ですから体は機能しています。弱ければババから力を取ることはできません。ですからマリアダがあります。マリアダに何度も従っていくことにより、その規律によって私たちの力がついてくるように創られています。妥協しないことです。

 

 

ゲームとは、努力にあるんです。 “どういう態度で努力するか?”です。